大判例

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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和30年(ワ)228号 判決 1957年3月13日

原告 沢路可保里 外一名

被告 土谷圭次 外一名

主文

被告株式会社富士銀行は原告等に対し別紙目録記載の土地及び建物につき昭和二十五年八月九日神戸地方法務局西宮出張所受付第七〇八一号をもつてなされた同日付売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

被告土谷圭次は原告等に対し右土地につき右同日同出張所受付第七〇七九号をもつてなされた所有権移転登記、及び右建物につき同日同出張所受付第七〇八〇号をもつてなされた所有権保存登記につきいずれも取得者を原告両名及び同被告の三名とする旨の更正登記手続をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、請求の原因として、原告沢路は訴外亡土谷ほかの二女、同布井はその三女、被告土谷はその長男であるが、右訴外人は別紙目録記載の土地及び建物(ただし建物は未登記にて)を所有していたところ、昭和二十一年九月二十二日死亡したので、原告両名は被告土谷と共に遺産相続により右不動産の所有権を取得した。然るに、被告土谷は原告両名不知の間に昭和二十五年七月一日右不動産を被告銀行に売渡し、同年八月九日恰も被告土谷が単独で遺産相続したものの如く装い、右土地にいては神戸地方法務局西宮出張所受付第七〇七九号をもつて同被告のみを取得者とする所有権移転登記、右建物については同出張所受付第七〇八〇号をもつて同被告のみを取得者とする所有権保存登記をなした上、右同日被告銀行に対し右土地及び建物につき同出張所第七〇八一号をもつて同日付売買を原因とする所有権移転登記をなした。然し乍、右不動産は右訴外人の共同相続人たる原告両名及び被告土谷の共有に属するものであり、同被告の被告銀行に対する前記売却処分は無権利者の処分として無効であるから、被告銀行は右処分により右不動産の所有権を取得する理由はない。そこで、原告等は被告銀行に対し右不動産につきなされた前記所有権移転登記の抹消登記手続を求め、被告土谷に対し前記土地につきなされた前記所有権移転登記及び同建物につきなされた前記所有権保存登記につき、いずれも取得者を原告両名及び同被告とする旨の更正登記手続を求める。と述べ、

被告等の主張事実を否認し、

立証として、甲第一第二号証の各一乃至四第三号証を提出し、証人沢路茂雄同布井七郎の各証言原告両名本人尋問の結果を援用し、乙第一第四号証の各一、二第五号証の一乃至三の成立を認めて援用し、第二第三号証の各一は否認する、尤も同第二号証の一の原告沢路の印影が同原告のものであること、同第三号証の一の原告布井の印影が同原告のものであることは認める、同第二第三号証の各二の成立を認める、丙第一号証は不知。と述べた。

被告土谷訴訟代理人は、原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。との判決を求め、答弁として、原告等主張の事実の中、原告沢路が訴外土谷ほかの二女、原告布井がその三女、同被告がその長男であること、右訴外人は原告等主張の土地及び建物を所有していたが、その主張の日死亡し、原告両名及び同被告がその遺産相続人となつたこと、原告等主張の日右不動産を被告銀行に売渡したこと、並びに右不動産につき原告等主張の各登記がなされたことは認めるが、その余は争う。右土地及び建物はいずれも亡父土谷慶治郎が買受け又は建築したものであつたので、右訴外人が死亡するや、当時生存の父慶治郎は、原告両名には各々相当の結婚仕度をなし与えかつ相当の株式を贈与しているにつき、右不動産は長男である被告土谷に与え、原告両名はこれを抛棄すべく指示し、原告両名は昭和二十五年八月九日右訴外人の遺産に対する相続分(共有持分の意味と解する。)を抛棄したので、同被告は被告銀行に右不動産を売渡したものである。従つて原告等の請求は失当であるから応ずることはできない。と述べ、

立証として、乙第一乃至第四号証の各一、二第五号証の一乃至三を提出し、証人土谷とみ子同土谷イトの各証言被告土谷本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認める。と述べた。

被告銀行訴訟代理人は、原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。との判決を求め、答弁として、原告等主張の事実の中、原告沢路が訴外土谷ほかの二女、原告布井がその三女、被告土谷がその長男であること、右訴外人が原告等主張の土地及び建物を所有していたが、その主張の日死亡したこと、原告等主張の日右不動産を被告土谷から買受けたこと、並びに右不動産につき原告等主張の各登記がなされたことは認めるが、その余は争う。被告銀行は破告土谷のなした右不動産の所有権移転及び同保存登記に基き同破告が右不動産の単独所有権を取得したものと信じ、同被告からこれを買受けてその所有権を取得し、その所有権移転登記を受けたものである。仮に右不動産が原告等主張の如く原告両名及び被告土谷の共有に属するものであり、同被告がその共有持分を取得したものにすぎないとしても、共有は一物の所有権を数人が共同で所有する所有権の一形態で唯単に各人が所有権を量的観念的に分有するにすぎないものであるから、同被告が右不動産の単独所有権を取得したものとして登記を経由するは、同被告がその有する所有権の量を超過する部分をもなおその有する所有権の量の中に包含されるものとしてなしたものであり、全然無権利者がなしたものではないのであるから、右登記は一応有効な登記とみなされ、その取得した共有持分の登記を経由しない原告両名は、民法第百七十七条により第三者である被告銀行に対し右不動産の共有持分の取得をもつて対抗することができない。従つて原告等の請求は失当であるから応ずることはできない。

立証として、丙第一号証を提出し、証人小西秀男の証言を援用し、甲号各証の成立を認める。と述べた。

理由

原告沢路が訴外土谷ほかの二女、原告布井がその三女、被告土谷がその長男であること、並びに右訴外人は別紙目録の土地及び建物(ただし建物は未登記にて)を所有していたが原告等主張の日死亡したことは当事者間に争いがなく、原告両名と同被告とが右訴外人の遺産相続人となつたことは同被告において自認するところであり、右事実は前示当事者間に争いのない事実により、原告等と被告銀行との干係においても、反証なき限り認定するのが相当である。

先ず被告土谷は原告両名は右不動産に対する相続分(共有持分の意味と解する。)を抛棄したものである旨主張するが、右主張に副うが如き証人土谷とみ子同土谷イトの各証言被告土谷本人尋問の結果は後記各証拠に対比してたやすく措信し難く、却て甲第二第三号証の各一の形式上の存在、成立に争いのない同号証の各二、証人沢路茂雄同布井七郎の各証言原告両名本人尋問の結果を綜合すると、被告土谷は昭和二十五年七月十三日原告布井方に到り同原告に対し相続税支払のため同原告の印鑑証明が要るから印を貸して呉れと申述べたので、同原告はその言を信じ同被告にその印を預けたところ、同被告は一日大阪府豊能郡箕面町役場に出掛けたが、同役場は代理人に印鑑証明を交付しないと称して帰つてきたので、同原告自ら同役場に出向いて右印鑑証明一通(乙第三号証の二)の交付を受けて同被告にこれを交付したこと及び同原告はその当時同原告名義の承認書(同第三号証の一)を見たことなく又自ら右書面にその印を押した覚えがなく、後日登記所で取調べた際初めて右書面ができていることを知つたこと、並びに同被告は同月十五日頃原告沢路方に到り同原告の夫茂雄に対し、原告布井の印を貰つたから原告沢路の印を押して呉れと申述べたので、沢路茂雄は右言を信じ既に原告布井において承諾している故後で原告沢路を納得させればよいと考え、同原告には相談することなく独断で同原告名義の承認書(同第二号証の一)に同原告の印を押捺し、なお住所変更届を出して貰うため、同被告に同原告の印を預けたところ、同被告は勝手に右印により津市役所に同原告の印鑑届をなした上、同市役所から同原告の印鑑証明(同第二号証の二)の交付を受けたこと及び沢路茂雄は同被告が帰つた後同原告に対し独断で右承認書に捺印したことを打明けたところ、同原告から抗議を申込まれ、更に原告布井に照会したところ、同原告は承認書に捺印した事実のないことが判明したことが肯認され、従つて原告両名が訴外土谷ほかの遺産に対する共有持分を抛棄した事実のないことが明らかであるから、同被告の右主張は失当であるといわねばならない。

次に原告主張の日被告土谷が右不動産を被告銀行に売渡したこと、並びに右不動産につき原告等主張の各登記がなされたことは当事者間に争いがないところであるが、被告銀行は原告両名は遺産相続により取得した右不動産の共有持分の登記をなしていないから、民法第百七十七条により第三者である被告銀行に対し右共有持分の取得をもつて対抗することができない旨主張するのでこの点について考えてみることとする。相続による物権変動につき登記を要するかどうかという問題については、判例は明治四十一年十二月十五日の連合部判決以来これを肯定する立場を採り、更に大正九年五月十一日の判決は共同相続人の一人が恣に遺産の全部につき単独所有の登記をしてこれを第三者に譲渡しその登記を了したという本件と全く同種の事案において、相続による物権の得喪変更については相続が被相続人の隠居による場合なるとその死亡による場合なるとを問わず登記を必要とする理由で、他の共同相続人はその取得した共有持分について第三者に対抗し得ないものとし、右判例の主張を支持する学説も存する。然し乍ら共同相続人は自己の持分以外については無権利者であつてこれを第三者に有効に譲渡し得べきものではなく、仮に第三者において共同相続人の一人が恣になした単独所有の登記を有効な登記と信じたとしても、登記に公信力のないわが民法の下においては第三者は全部の所有権を取得し得べきいわれはないから、右判例はその理由不十分たるを免れないのみならず、右判例の如く共同相続人の一人のなした独断的処分により他の共同相続人は実際上相続権を奪われたのと等しい事態を招くが如き立論をなすことは、折角新憲法に基き共同均分相続制度を確立した新相続法の理念を没却することとなるから、第三者保護の理念は相続人保護のため或程度制約を受くべきが至当であり、右判例は新相続法の下においては適切を欠くものというべきであるから、当裁判所は前掲のような事案において他の共同相続人は登記なくしてその共有持分の取得をもつて第三者に対抗し得るものと解するのが相当であると考える。これを本件についてみるに、前記認定のとおり訴外土谷ほかの共同相続人である被告土谷は恣に前記不動産全部についてその単独所有の登記をなし被告銀行にこれを譲渡しその所有権移転登記をなしたものであり、従つて被告銀行は現実に右不動産全部の権利の移転を受け得ず、単にその権利移転ありたる旨の登記が形式的になされているにすぎないものであるから、被告銀行は登記の欠缺を主張するに正当の利益を有する第三者に該当せず、その共同相続人である原告両名は登記なくして右不動産に対する共有持分の取得をもつて同被告に対抗し得るものというべきである。従つて同被告の右主張も亦採用し難い。

そうすると、別紙目録記載の土地及び建物は原告両名と被告土谷の共有に属するものであることが明らかであり、同被告の被告銀行に対する右不動産全部の売却処分は当然無効(ただし被告土谷の共有持分の譲渡の効力は制限的に生ずるであろう。)であつて、右不動産全部につきなされた被告銀行に対する所有権移転登記はその原因が無効であるというべきであるから、原告両名に対し被告銀行は右所有権移転登記の抹消登記手続をなし、被告土谷は右土地につきなされた所有権移転登記及び右建物につきなされた所有権保存登記につきいずれも取得者を原告両名及び被告土谷とする旨の更正登記手続をなすべき義務を免れない。

そこで原告等の請求はすべて正当であるからこれを認容し、民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 仲西二郎)

目録

西宮市甲子園口二丁目百六十二番

一、宅地 八十一坪九勺

右地上

家屋番号第百六十三番の二

一、木造瓦葺二階建居宅 一棟

建坪二十三坪五合二勺外二階坪十坪

付属

一、木造瓦葺二階建倉庫 一棟

建坪三坪六合外二階坪三坪八合五勺

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